たからもの | ナノ


斎藤さんはとても優しい方でした。
一見、無愛想に見られることも多々あります。
ですが本当はとても気を遣って下さる優しいお方です。
人混みを歩くときは、必ず私が通りやすいように先を歩いて隙間を作って下さいました。
体調が悪いときも一番に気付いて下さるのは斎藤さん。
そのあとお薬を持って来て下さったり、桶の水を替えて下さったりとお世話をして頂きました。
熱にうなされる私の頭を、何度も撫でて下さったあなたの大きな手。
あのときの温もりを思い出しては、私は涙が溢れてしまいます。



「斎藤さん…お聞きしたいことがございます…。」

「なんだ。」

「土方さんは、未だにわたくしを長州の間者だと、お疑いなのですね。」

「あぁ…。」

「でも原田さんからお聞きしたんです。私が間者ではないと説得して下さったのは斎藤さんだと。」

「…。」

「どうして…、そう、思われた…のですか…?」

「それは…。」




私はあのとき、斎藤さんの答えを聞くことが出来ませんでした。
だんだんと意識が遠のき、私はゆっくり閉じる瞼に逆らえなかったのです。
薄らと思い出せるのは、切ない斎藤さんの表情だけ。
どうして斎藤さんがそんな表情をなさっていたのか、何をお伝えしたかったのか分かりません。
あなたは…もう私の傍に居ないのですから…。答えを聞く術が無いのです。


新政府軍との戦いの末、斎藤さんは一人会津に残るご決断をされました。
斎藤さんを一人に出来なかった私は、共に残ると主張致しました。
しかし、それを反対されたのが土方さんです。
斎藤さんも土方さんの意見に従うようにと、私が残ることを許しませんでした。
会津を発つ直後、斎藤さんに呼び止められましたね。
真っ暗な闇の中、頼りなのは月明かりだけ。
ぼんやりと分かる斎藤さんの表情は、真剣なものでした。
真っ直ぐと私の目を射抜く瞳。
それだけで体は熱を持ち、心拍は上がっていくのです。
ですが、斎藤さんの言葉は私が想像して以上にとても意味深いものでした。



「名前、生きろ。」

「え…?」

「お前は戦いに加わるべきではない。」

「斎藤さん…。」

「お前は女だ。本来なら、しっかりとした所帯を持って生活出来る。そうならなかったのは、お前が新選組の秘密に関わったが故だ。だが、いつまでもこんな戦いについてくる必要はない。」

「ですが、私は…自分の意思で新選組の皆さんと居ることを決めました。それは、この戦いが終わるまで変わりません。」

「…。」

「斎藤さん…私もこの戦いの行く末がどうなるのか…。新選組がどうなっていくのか知りたいのです。」




斎藤さんはゆっくり私に近付き、そっと腕を私の背中に回しました。
慣れない行動に驚き、思わず体が硬直してしまったのですが、斎藤さんの腕も微かに震えていたのです。
そっと耳に触れる彼の吐息が、更に私の心拍を上げていきました。
しばらく続いた沈黙を破ったのは、他でもない斎藤さんです。



「何としても生きろ。お前には、死んでほしくない。」



はっきりした声は言葉になって私の耳に届きました。その声は今でも鮮明に思い出せます。
私にだけ聞こえるように呟いて、彼の腕はスッと離れて行きました。
その直後に土方さんが私を呼び、慌てて後を追いかけたのです。
振り返ったその先に、彼は佇んでいました。その視線は真っ直ぐに私たちを見つめて…。
そこで私は悟ったのです。



斎藤さんに出会う事は、もう二度とないと…。



やがて戦いが終わり、蝦夷地の五稜郭で新選組は最期を迎えたのです。
土方さんも戦いの中で亡くなり、後に沖田さんの病死が知らされました。
生きていてほしいと願うのですが、きっと彼も亡くなられたことでしょう。
最後までこの気持ちも伝えられず、彼の本心も聞くことが出来なかったのが心残りです。
ただ私たちの間に同じ感情があったことは確かだったと、私はそう思いたいのです。
空に浮かぶ月を見るたび、あのときの記憶が鮮明に蘇ります。
今はもう触れられないあなたのぬくもりと、届かないその声が…。










たしかにそこには愛があった
あなたと私が同じ気持ちで繋がっていたと思いたいのです





*END
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